2014年07月18日

お父さんの介護 @

父が脳溢血で倒れたのは、
3年ほど前の事。

脳の損傷が激しく、直後病室で質問した母に、医師は、
歩けるようになるなんて、無理ですよ〜
と、半分笑うかの様に答えた。

ムッと来た母は、愛人が迎えに来るとか、わけのわからない事を言い出す父相手に、壮絶なリハビリを。
結果、
父は、介助されながらでは有るけれど、
杖をつきながら歩けるようになった。
日中は車椅子で過ごせ、トイレで用を済ませることも出来る様になった。

ただ、頭の機能は一部故障中と言った風である。

父の介護は母がしていたのだけれど、
母の病気の進行も有り、昨秋には出来なくなってしまった。
大好きだった料理も作れなくなり、
静岡に住む姉が、2人の介護に急遽奈良入り。

私は年末頃から、姉と交代すべく奈良へ。

父のオシメ替えとか、食事のさせ方、トイレの行き方、など教えてもらい、
姉は静岡に帰って行った。

パタンとドアが閉まって、

元気が無い母と、
トイレに連れて行ってくれと連呼する父と
、私の肩にずしっと乗っかる何かを感じたのは、正直なところである。

普段の室内の生活には、父が何かを連呼する以外、さほど問題はなかったけれど、
週に3日通う、デイサービスの…

行ってくれると、お昼ご飯、お風呂、おやつを済ませて帰ってくるから、助かる。

けれど、父母の暮らす県営住宅は、
3階建ての2階部分。
デイサービスの送迎車は、一階に来るので、家人はそこまで連れて行かなくてはならない。

アタマのネジを3つ程何処かに無くした、身長180程の父。左半身不随の身に、
無情にも、階段の手すりは左のみ!(´Д` )
私はもういい大人だから、
逃げ出せないし!(笑)
姉はもう居ないし!(´Д` )

階段の最上段で、何処か遠い所を見つめている父と、手を取り合って、立ち尽くしていた時の事は、
忘れない。

まるで、あれだなと思った。
タイタニックのあの有名なシーン…

相方は、制御不能感まんまんの(笑)
元 男前 の父。
頭のレントゲンでは、脳は白く写り、
医師は、父が歩いたり、トイレに行ったり出来ると言うことに、説明が出来ないと言う。

歩く奇跡なんである。

私たちの第一歩は、

まさに

​飛ぶ

そんな感じだった。
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posted by くまちゃん at 11:34| 高知 ☁| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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